こんにちは、鈴木正行です。

今日は、学生時代の校内マラソンで、ビリになった私が一番の拍手をもらった体験をお話しします。

多くの人は、上に立ちたがる。

一番になりたい。
人より優れていたい。
すごいと言われたい。

その気持ちは、わかります。

でも、私はこう思うのです。

上がダメなら、下を狙うのもありじゃないか。

そう思うようになった原点に、学生時代の忘れられない体験があります。

私が、大勢から一番の拍手をもらった日の話です。

毎年、ビリから2番目か3番目だった

学生時代、私の勉強の成績は中くらい。

上でもなければ、下でもない。
特に目立つような成績ではありませんでした。

そして、運動は大嫌い。

そんな私にとって、毎年やってくる校内の長距離マラソンイベントは、うれしい行事ではありませんでした。

なにしろ、順位はだいたい決まっている。

ビリから2番目か、3番目。

トップ争いとは、まったく縁がありません。

前の方では、足の速い生徒たちが順位を競っている。
私がゴールするころには、ほとんどの生徒が走り終わっている。

それでも、後ろにはまだ人がいる。

私がゴールしても、大きな盛り上がりはありませんでした。

ただ、足の遅い生徒が一人、到着した。

それだけです。

ビリ2。
ビリ3。

毎年、そんな感じでした。

ところが、いつも最後の人が休んだ

ある年のことです。

いつも私の後ろにいた、ビリの人が休んでしまいました。

私の足が速くなったわけではありません。
急に運動が好きになったわけでもありません。

いつものように走っているのに、今年は後ろに誰もいない。

私が、最後の一人になったのです。

前を走っていた生徒も、ゴールしていく。

みんなは、もう走り終えている。
でも、私はまだ走っている。

私が到着しないと、このマラソンは終わらない。

そんな状況になりました。

ところが。

ここからが、まったく予想していなかった展開だったのです。

ビリになったら、応援が始まった

遅れて到着する私に、生徒たちから声が飛んできました。

「がんばれー!」

「これで終わりだ!」

最後の一人が来た。

あと、あいつだけだ。

みんなの視線が、私に集まる。

毎年、目立つことなくゴールしていた私が、その年は大勢に応援されながらゴールに向かっている。

まるで、24時間マラソンの最後です。

走るのが大嫌いな私が。
毎年、底の方の順位だった私が。

このときだけは、みんなから声をかけられている。

そして、ゴール。

大きな拍手をもらいました。

……最高でした。

ビリなのに。

いや、ビリだったからこそ、最高だったのです。

ビリ2では、もらえなかった拍手

これが、私にはものすごく面白かった。

ビリから2番目だった年と、最後になった年。

私の走る能力に、大きな違いはありません。

でも、周りの反応はまるで違いました。

ビリ2なら、足の遅い生徒の一人。

ビリ1なら、みんなが到着を待つ最後の一人。

たった一つ、順位が変わっただけで、私の存在が急に目立つようになった。

ビリ2じゃダメだった。
ビリ1じゃなきゃ、得られない快感があった。

もちろん、応援の中には「早く終わってほしい」という気持ちもあったでしょう。

それでもいいのです。笑

実際に、みんなが私を見て、声をかけて、拍手をしてくれた。

私にとっては、それがうれしかったのです。

上に行くことだけが、道ではない

世の中には、上を目指す話があふれています。

もっと頑張ろう。
もっと成長しよう。
もっと人より優れよう。

でも、全員がトップになれるわけではありません。

私も、あのマラソンでトップになれる気はしませんでした。

だからといって、ビリ2やビリ3を守ることに、どれほどの意味があったのか。

少なくとも、あの日の私に一番の拍手をくれたのは、順位を一つ上げることではなく、最後の一人になったことでした。

上に行けないなら、思い切って下に振り切ってみる。

すると、そこで初めて起きることもある。

応援される。
気にかけてもらえる。
自分の存在を知ってもらえる。

そんな可能性を、私はビリになって知りました。

苦しいときまで、順位を守らなくていい

これは、困ったときの生き方にも通じると思っています。

「まだ自分より大変な人がいる」
「ここで助けてもらったら負けだ」
「せめて、人並みに見られたい」

そうやって、苦しいのに踏ん張り続けてしまう。

でも、生活に困ったときには、生活保護のように暮らしを支える制度もあります。

もちろん、最下位になれば自動的に支援されるわけではありませんし、制度には要件があります。

ここで言いたいのは、苦しいときにまで、見栄のために順位を守らなくていいということです。

「自分は今、助けが必要です」

そう言って、応援してもらう側に回ってもいい。

上に立つ人だけに、居場所があるわけではありません。

最後を走る人に、声が集まることだってあるのです。

取るなら、トップかビリか。

トップを取れたら、それは素晴らしい。

でも、取れなかったとしても、私は知っています。

最後の一人にしか聞こえない「がんばれー!」がある。

学生時代の私に、それを教えてくれたのは、ビリになったあのマラソンでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。
上を目指して少し疲れたときに、こんな拍手のもらい方もあるのだと、思い出していただけたらうれしいです。

あなたの経験も、教えてください

あなたにも、うまくできなかったのに、思いがけず応援してもらえた経験はありますか?

例えば、「運動会で転んだとき、声援をもらいました」など。

「ある!」「私も運動が苦手です」など、ひと言でも大歓迎です。ぜひコメントで教えてください。

今回のお話は、動画でもご覧いただけます。

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